楽譜のご紹介
昨日は橋幸夫さんでしたので、本日は、舟木一夫さんのデビュー曲をどうぞ。1963年の6月の発表だそうです。遠藤実氏の作曲で、自身が進学できなかったということで、その思いを曲にしたそうです。今回も、著作権有効ですので、雰囲気だけです。
楽譜はトランペット、トロンボーン、アルトサックス、フルートの順に並んでいます。楽譜をクリックすると販売サイトに飛びます。
楽譜販売サイトのご案内
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演奏例
当時の高校進学率がどれぐらいかは知りませんが、多分、今の大学進学率ぐらいだとは思います。そして、当時の高校三年生は今は、多分70歳ぐらいでしょう。ということは、昭和20年か21年ぐらいの生まれということです。
いつもの公園で息抜きにこの曲を吹いていたら、お墓参りに地元に帰ってきたという女性に、『懐かしい』を連発されたことがあります。人それぞれ、思い出の曲は様々です。
曲の由来
「高校三年生」(こうこうさんねんせい)は、1963年6月にリリースされた舟木一夫のデビューシングルであり、彼の代表曲のひとつです。作詞は丘灯至夫、作曲は遠藤実です。デビューシングルでいきなりシングル発売1年で売上100万枚を越す大ヒット曲となり、舟木一夫はこの曲で一躍スター歌手となりました。累計売上は230万枚。
彼は、この曲で1963年の第14回NHK紅白歌合戦に初出場しました。1992年の第43回NHK紅白歌合戦(1971年の第22回以来、21年ぶり10回目の紅白出演)にも、同曲を披露しています。また、この曲で第5回日本レコード大賞新人賞を受賞し、作詞家の丘灯至夫も作詩賞を受賞しています。2007年には文化庁と日本PTA全国協議会によって「日本の歌百選」のひとつに選定されました。
堀威夫によると、校内放送で堂々と流行歌が流れるようになったのはこの曲からという。
元々は岡本敦郎が歌うことを想定して作られた歌であったが、岡本が既に「高校三年生」という世代ではなかったことや、岡本の歌唱に合わないという意見があり、当時はお蔵入りになった経緯があります。
この曲は最初はメジャーキーの三拍子だったが、遠藤実の気が変わり、曲を作り直しました。作り直しにかかった時間はわずか15分だったといいます。(2013年5月7日放送の「NHK歌謡コンサート」での舟木一夫の発言)また、貧しさのため高校に進学できなかった遠藤実の、学園生活に憧れた思いもこの曲に込められているということです。
歌詞は、高校生活も残りわずかになった高校三年生の純朴な気持ちが綴られているものです。この曲を録音した当時、舟木は現役の高校三年生でした(レコード発売は卒業後)。レコードジャケットの舟木は学生服姿ですが、これは舞台で学生服を着ることがあった橋幸夫に対抗する意味合いがあったようです。現在でも学園ソング(青春歌謡)の定番としてこの曲が挙げられることが多い。また「高校三年生」以降も舟木はいくつもの青春歌謡を発表しています。
歌詞の中に現われる赤い校舎は東京都の私立松蔭高校であると言われ、現在同校には歌詞が書かれた歌碑があります。歌碑の由来文には「作詩家 丘灯至夫は昭和37年新聞記者として、高校の文化祭の取材に当たっていた」と書かれ、「取材先として訪れた松蔭学園では、当時定時制高校があり、文化祭のリハーサルで男女の生徒が手をつなぎ、フォークダンスを踊っていた。そこで最初に浮かんだのが「フォークダンスの手を取れば甘くにおう黒髪の」というフレーズであり、詩が作られ、作曲家遠藤実氏とのコンビでこの歌が生まれるに至った」と続けられています。松蔭高校の前身が松蔭女学校であるため、それを持って、「松蔭高校は女子校であり、定時制も無かった」との記載もありますが、松蔭女学校の創立は昭和41年であり、それ以前には定時制高校が実際に存在していました。