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トランペットで昭和歌謡シリーズ 『傷だらけの人生』鶴田浩二

 
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楽譜のご紹介

1970年の年末12月25日にリリースされた曲です。当時、この変な曲と変なかっこで歌う鶴田浩二さんの姿が、何かのパロディに見えてしょうがなかったことを思い出します。そもそも、映画の斜陽化に伴って、大手の映画はなぜかピンク路線と任侠ものへ突っ走っていきます。そんな中、この任侠映画で多数出演していた鶴田浩二さんが、この歌を歌いました。着流し姿の今見ると相当な2枚目ですが、当時の私には、ふざけた爺さんとしか見えませんでした。そもそも、任侠映画など見たこともなかったというのもあります。当時は、『死んでもらいます』みたいなせりふを吐いた高倉健さんの人気は若者たちに結構ありましたが、少なくとも映画も見ていない私は、何のことかわかりませんでした。見なかった原因は、『夜の帝王』シリーズの看板が高校へ通う途中の交差点のビルに大きく飾られており、ちょっと太り気味の不思議な顔をした梅宮辰夫さんが、アップにされていて、気持ちが悪くて、そんな感じの日本映画など見るものかと思っていたからでした。最近になって、そのちょっとした顔の違和感が、本来一重瞼を、テープで2重にしていたということを娘さんが白状したことによってはじめて知りました。まあ、それはいいとして元に戻って、この鶴田浩二さんは、元は青春スターで、デビューしていて、なんでも高田幸吉さんが恩師だそうで、その流れを汲んで歌も結構歌っていたそうです。私が知っているのは、『サンドイッチマン』という唄です。そして、漏れ聞いたことによると元特攻隊員だったということでした。しかし、これは事実と違ったことであり、特攻隊の飛行機の整備をしていたということです。それを、やはり当時のいい加減さというか、売れればいいと考えてのことか、会社のほうでキャッチフレーズ的に使ってしまったそうです。当時の日本人にとっては、特攻隊員は特別の存在であり、毎年、終戦記念日近くになると特攻の人々の映像が流れるのが常でした。私も子供心に、日本のためというよりも、身近な愛する人たちのために、散っていった人々を見て、じんと来るものがありました。そんな状況の、そのあとに、元特攻隊員ではないことを本人が否定して、少しバッシングを受けたようなことを子供のころ聞いた覚えがあります。

また、歌詞の中の『右を見ても左を見てま・・・、真っ暗闇よ』というのがありまして、ちょっとふざけて聞こえてきました。当時、大橋巨泉さんが全盛期であり、ゲバゲバとか、オー猛烈とか、11PMとか、東京12チャンネルでは裸もバンバン映していましたし、確かに、『馬鹿と阿呆のすれ違い・・・。』というのが当たっているような感じもしなかったわけでもありませんでした。しかも、歌っているときに耳に手を当てて変なポーズで歌うのです。これがまた、何を狙ってやっているのかが不明でますます世代間格差を感じるのでした。実際は、片耳がほとんど聞こえず、自分の歌声を確認するためにそうしているということを後で知りました。てなことはいいとして、楽譜を見てください。

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