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【トランペット用ソロ楽譜】トランペットで昭和歌謡シリーズ 美川憲一『柳ケ瀬ブルース』(Japanese Oldies”Yanagase Blues”Trumpet sheet music

 
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楽譜のご紹介

1966年のヒット曲です。美川憲一のデビューの印象は、声質がピーターと似ていて、顔の感じも似た感じで、ちょっと混同するようなところがありました。その後、かなりの時間、見なくなりましたが、再度、見るようになった時には、まるで以前と違う物言いと立ち居振る舞いで、しぶとく現在まで生き抜いておられます。
その舞台の柳ケ瀬は岐阜市にある繁華街ですが、私が30才ぐらいの時に岐阜市の近くで仕事をしていたということもあり、知っていました。地元の人間に案内されたのですが、普通の商店街でした。今は、シャッター通りとなっていることでしょう。
この曲の前奏が特に好きです。時代の雰囲気がよく出ているように思うからです。今と違って、たぶん、セクハラ受け放題、パワハラ受け放題、ブログやツイッターで人の悪口を言うこともできず、不満があってもないことにして、それでも人間頼みに生きていかなければどうにもならないというそんな側面があったように思いますので、そんな感じがこのような歌を生んだのではないかと思うわけです。てなことはどうでもよくて、ちらっと楽譜を見てください。

 

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演奏例

 

柳ヶ瀬ブルース/美川憲一

曲の由来など

「柳ヶ瀬ブルース」は、美川憲一が1966年4月1日に発売した、3作目のシングル盤レコードです。

作詞作曲者の宇佐英雄は岐阜市の歓楽街『柳ヶ瀬』で流しでこの曲を歌っていたが、彼が自費製作したフィルム・レコードを入手した日本クラウンのディレクター長田幸治が、美川憲一デビュー当初の青春歌謡路線は向いていないと判断して方向転換するために3枚目のシングル盤として歌わせたものであり、実際に演歌・ムード歌謡路線に方向転換する転機になった曲です。

青春歌謡と比すると暗いため、当初は美川自身「私は明るい性格だから」などという理由により歌いたくなかったとしばしば番組などで語っています。

日本クラウンは曲の舞台となった地元柳ヶ瀬とタイアップし、この曲が柳ヶ瀬で流行っているとして、スポーツ新聞や週刊誌の記者を取材ツアーに招待、地元でも記者の飲食費を負担するとともに、当日はどこに行ってもこの曲を流し、歌うようにしておいたそうです。

このタイアップの結果、この曲が120万枚を超えるヒット曲となって柳ヶ瀬の地名が全国に知られるようになるとともに、美川自身もスター歌手としての地位を確立していくこととなります。

いわゆる「ご当地ソング」という言葉は、当曲が評判になり始めた頃クラウンレコード(日本クラウン)の宣伝担当者が使い出して広まったとされています。

また、この曲は、1967年に出した『新潟ブルース』、1968年に出した『釧路の夜』と共に、美川のご当地ソングシリーズ三大ヒット曲と謳われています。

さらに、『柳ヶ瀬ブルース』をモチーフにして東映が同名タイトルの映画を梅宮辰夫主演で製作、美川も出演して劇中で同曲を歌唱していいます。

1990年に新録音されたバージョンもあり、ベスト版ではこちらが収録されている場合も多い。なおオリジナル版と比較すると全体的に節回しがやや違う。

1991年4月に、柳ヶ瀬商店街のアーケード地面に、蒔田浩(当時の岐阜市長)の筆により柳ヶ瀬ブルース歌碑が設置された。歌碑には1番の歌詞が記されています。
2016年4月には柳ヶ瀬ブルース発売から50年を迎えました。

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