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【トランペット用無料楽譜】シュトラウスII世ワルツ「ウィーンの森の物語」後半部分 Trumpet sheet music

 

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楽譜のご紹介


一昨日の続きの楽譜です。相当無理をして作っていますので、見にくいと思いますが、さらに分割するのも気が引けるので、今回で完結するように作りました。

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作曲者の半生パート1

ところで、このシュトラウス2世というからには、1世がいるということで、それは、結構な頑固おやじだったということになっています。まずは、2世がどんな幼少期を迎えていたのかをざっとご説明します。

1825年10月25日、ウィーンの数キロ南に位置するザンクト・ウルリッヒ(ドイツ語版)地区の、ロフラノ通り76番地で誕生しています。シュトラウス家は遠くユダヤ系ハンガリー人の血を引いていることは間違いないと思われますが、このことがヨハン2世の生前に何らかの形で言及された記録は残っていません。後年、彼はハンガリーに題材をとった作品を多く残していますが、そのことと自らの家系を結び付けた発言も特にみられません。また、数世代も前の改宗まで遡って身元調査的にユダヤ人呼ばわりする差別が行われ始めたのはナチスからですが、ヒトラーが大のシュトラウスファンであったため、やはりシュトラウス家の遠祖に関して問題にされることはなかったようです。

なお、シュトラウスという姓自体がユダヤ固有というのは誤りであり、南ドイツ地方ではごくありふれた名前です。父は音楽家ヨハン・シュトラウス1世、母は居酒屋の娘マリア・アンナ・シュトレイムです。婚前妊娠であり、母がヨハンを身ごもったと発覚したことが両親の結婚のきっかけとなりました。

ヨハンとその弟たちは幼い頃、母アンナから次のような話を言い聞かされて育ったといいます。アンナの祖父はスペイン王国のさる大公だったが、刃傷沙汰を起こしたためウィーンに逃れてきた、と。それは明らかな作り話ですが、シュトラウス家は蔑視されていたユダヤ人の子孫であったため、アンナは子供たちに劣等感を持たずに成長してほしいと願い、母方にはスペインの高貴な血が流れているのだという作り話をしたのだろう、と小宮正安は推測しています。

ヨハンは生前、自分の少年時代について何も語ろうとしなかったとのこと。親友がその話題に触れたとき、当惑した表情で「それは、つらい思い出だ。」と呟いたといいます。父ヨハンは厳格な人間でした。父ヨハンは自身の率いる「シュトラウス楽団」において、賃金、練習時間、演奏活動など、あらゆることを思いどおりにしており、逆らう者は即刻首にしていました。父のその厳しさは家庭でも変わらず、自分に逆らえばたとえ妻子であろうとも容赦なく暴力をふるっていました。その多忙さから父は、自宅には寝に帰るか、仕事を片付けに立ち寄るだけであったといいます。
要は、家でも職場でも頑固おやじそのものだったわけです。そんな親父は、自分の職業は浮き沈みが激しく、決して子供たちに音楽家の道に進むことを良しとしませんでした。そんな中で、ではどのようにして、息子ヨハンは音楽を習得したのか。続きは、フルートのところに書きます。

演奏例

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