この曲は、もともとボーマルシェの「フィガロ三部作」の一つです。一作目が『セビリアの理髪師』(1775)、二作目が『フィガロの結婚』(1784)、三作目が『罪ある母』(1792)になっています。オペラとして発表されたのはモーツァルトの『フィガロの結婚』(1786)のほうが、ロッシーニの『セビリアの理髪師』(1816)よりも早いので、ちょっと順番が違って混乱しますが、フーテンの寅さんのように、いわばシリーズものなのです。
どんな話?
このセビリアの理髪師はどちらかというと、喜劇の要素が濃く、最後はハッピーエンド。しかし、このセビリアの理髪師とあるのは、なぜなのかわかりません。確かに登場人物の中に理髪師はいますが、メインは遺産相続した若い女性と伯爵の恋の話であり、そこを後見人面して、何とかこの女性と一緒になって金をせしめようとする女性の叔父とのお話です。理髪師は、この女性と伯爵の仲を取り持つ役で、キーマンといえないこともないのですが、それで『セビリアの理髪師』とは、或る意味意外な感じがして、それがいいのかもしれません。
ところで、このセビリアの理髪師の名前がフィガロであり、モーツァルトに『フィガロの結婚』というのがあったのですが、その後日談という設定になっています。ボーマルシェの「フィガロ三部作」という戯曲シリーズに属するもので、いわば兄弟みたいな作品なのです。
ロッシーニのひととなり
ロッシーニについては、こんな話があります。パリで貧困生活にあえいでいたヴァーグナーがロッシーニのような作曲家になることを目標にしていたことはよく知られています。また、『ウィリアム・テル』を見たベルリオーズは、「テルの第1幕と第3幕はロッシーニが作った。第2幕は、神が作った」と絶賛したといわれています。当時から見ても「才能はあるが怠け者」の作曲家だったらしく、『セビリアの理髪師』の作曲をわずか3週間で完成させ、ベッリーニは「ロッシーニならそれくらいやってのけるだろう。」と述べています。
ロッシーニは(同時代の他作曲家の例にもれず)現在の著作権・創作概念からみれば考えがたい行動をとっており、同じ旋律を使い回すのは朝飯前で、『セビリアの理髪師』序曲は、『パルミーラのアウレリアーノ』→『イングランドの女王エリザベッタ』の序曲を丸ごと再々利用しています。また、『ランスへの旅』でも最終カンタータの場面は諸国国歌の丸写しをしています。さらにベートーヴェンの第8交響曲の主題を剽窃し、また機会オペラ(国王即位記念に数度演奏されたにすぎなかった)だった『ランスへの旅』を、細部を手直ししただけでコミックオペラ『オリー伯爵』に作り替えています。