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【アルトサックス用無料楽譜】シュトラウスII世ワルツ「ウィーンの森の物語」後半部分 Altosax sheet music

 
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楽譜のご紹介

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父との確執

トランペットのところで、シュトラウス2世の生い立ちなど幼少期を、フルートのところで音楽の基礎を学んだ少年期をご紹介しました。ここでは、青年期のシュトラウス2世について触れます。
シュトラウス2世の父、1世のほうは、家庭でも職場でも頑固者で、自分の職業を子に継がせようとは決してしないようにしていたのが、子供のほうは、日ごろから音楽に触れる環境の中で、父と同じ職業を選ぶようになります。ところが、父親の浮気から、家庭に戻ることがなくなり、また母の応援もあって、本格的に音楽に取り組めるようになります。ここまでが、フルートのところで触れた内容です。この記事では、デビューまでのいきさつが主になります。

1844年、ヨハン2世は修行を終え、デビューコンサートに向けて準備を開始します。一方、父ヨハンはライバルだったヨーゼフ・ランナーが1843年に世を去った後、ウィーンのダンス音楽の覇権を掌握していました。

ところが、そんな状況において、自身と同名の息子が挑戦してきたことに父は強い危機感を覚えたのでした。息子のデビューを妨害すべく、父はウィーン中の名だたる飲食店に圧力をかけ、配下の楽団員には息子に味方することを禁じ、さらには新聞記者を買収して息子の中傷記事を書かせようとすらしました。これらの父の動きに対し、ヨハンも負けじと対抗しました。まだ父の息のかかっていない新しい飲食店に徹底的にアピールし、そして埋もれた有能な若手を中心とした音楽家の発掘に努め、さらに提灯記事を書いてくれる新聞社とも契約を結んだりします。

当時の法律により、音楽家になるには20歳以上でなければならなかったのですが、当時ヨハンはまだ18歳でした。そこでヨハンは役所に行き、「父親が家庭を顧みないために生活が苦しく、私ひとりで母や弟の面倒を見なければならないのです」と涙ながらに訴えたのです。有名人の息子の願い出に対し、ついには頑固な役人も首を縦に振ったのでした。おまけに、家族を助ける青年音楽家という美談がウィーンに広まり、ヨハン2世の印象を良いものにしてくれたのです。

デビューコンサートは10月15日、シェーンブルン宮殿近くのカジノ・ドームマイヤー(ドイツ語版)に決まっていました。発掘してきた音楽家で独自の楽団を作ったヨハンは、定刻の午後6時に登場し、父と同じスタイルの「ヴァイオリンを演奏しながら華麗に指揮をする」というやり方で、指揮者としてデビューしました。この日のために、デビューを意識した題名の新曲が作られ、演奏されました。

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