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【無料楽譜】ハワイアン『アロハ・オエ』(Aloha oe)

楽譜のご紹介

 ハワイといえば、王国だったということはだれでも知っていると思います。その最後の女王が作った歌として、このアロハ・オエは知られています。

 王国としては、カメハメハ王国のカメハメハ大王というのがまず浮かびますが、決して、古い話ではありません。ハワイはそれぞれの地方ごとに有力者が統治していた状態でした。しかし、白人勢力が徐々にその影響を与える中で、カメハメハ1世は白人から入手した武器を利用して領土を広げ、1795年にハワイ王国の建国を宣言した後、1810年に全ハワイ諸島を統一しました。

 その後、カメハメハ王は5代続きますが、後継者を指名しないまま亡くなるなどのことで、御家断絶します。

 1873年に議会での選挙でルナリロが国王に選ばれます。その次の代で、今度は白人資本やアメリカ本土からの入植者が増加してその利益を拡大するため、憲法を定め、共和制への移行を推し進めようとします。

 土着民やそれまでに入植したアジア系住民の選挙権を奪い、ちゃっかり、王権まで奪って、最後は大統領を置き、そのあとで、アメリカに併合されます。そんな、最後の女王が書いたこの曲に、その無念の思いが記されているとも言います。

 その名はハワイ王国第8代女王リリウオカラニです。女王リリウオカラニはクーデターにより王位を追われ、支持者の多くが投獄され、自らも反逆罪の汚名を着せられイオラニ宮殿に幽閉されます。

 この歌に滅びゆく祖国の悲哀を重ね合わせ、国民への感謝と惜別、あるいは再決起や支持を求める思いを込めていたといわれています。

 歌の起源の物語には実際は諸説有るようです。共通しているのは、この歌は1877年または1878年にリリアウオカラニ王女がオアフ島のマウナウィリのボイド牧場に行った乗馬旅行中からホノルルに戻る途中で口ずさんだ曲(実際はハミングと言われている)なんだそうです。歌詞の内容が違うバージョンも存在します。

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 ハワイ州立公文書館では、1878年のリリウオカラニによる手書きの原稿に、曲のスコア、歌詞、リリウオカラニの英語訳、および後に追加されたメモが保存されています。「1878年にマウナウィリで作曲。ロイヤルによって演奏されました。 1883年8月、サンフランシスコのハワイアンバンドが人気を博しました。」とされてあります。

 1901年にコロンビアレコードが発行したカタログには、「アロハオエ」と「クウプアイパオカラニ」の以前の録音を含む、「ハワイアンのボーカルソロ」という記載されていました。

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演奏例

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